「リョーマ、散歩行くか?」 「行く!」 最近俺は、散歩という言葉にとても敏感だ。 たまの休みに桃先輩と一緒に散歩するのが楽しみのひとつだから。 今日はその貴重な休みの日。 昨日まで雨が降っていたのに、今は雲が切れて綺麗な青空が広がってる。 散歩のために晴れてくれたような、 そんな日差しだった。 「今日は久々に、タカさんのとこでも行ってみるか!」 「やったー!」 『タカさん』は、河村寿司でおすしを作ってる人。 桃先輩は、タカさんて呼ぶけど、俺は河村先輩って呼んでる。 河村先輩は、もっと気楽に呼んでいいよ、って言うけど、 『先輩』の方が言いやすいから俺はそっちで呼ぶことにしている。 河村先輩は桃先輩とすごく仲良しで、 遊びに行くと、桃先輩におすし、俺にはおいしいお魚をごちそうしてくれる。 おすし屋さんだけあって、その魚がすごくおいしい。 河村先輩はすごくいい人だから、俺もこの人は好き。 でも・・・ 河村寿司に行く、と言われて素直に喜べない理由がひとつだけあった。 「・・・ねぇ。あの人、いる、・・?」 「あ、不二先輩のことか?」 「そう」 「ははっ!そりゃいるだろ!女将なんだから」 「・・・いるんだ」 ちょっと行く気が失せたけど、お魚ほしいし、楽しいから行きたい。 もしかしたら今日はいないかもしれないし。 根拠はないけど、今日はいない気がする。 ・・・そう願いたい。 「よし、じゃあ行くぞ!」 河村寿司はうちからそんな離れていない場所にある。 歩いて15分くらいで着く場所。 桃先輩としゃべりながら、信号を渡って角を曲がればすぐついてしまう距離。 方向音痴の俺でも、河村寿司になら一人で行ける。 そのくらい、河村寿司は身近な存在だった。 『営業中』と書かれた看板を見つけ、ガラガラと戸を開ける。 「いらっしゃい!」 聞きなれた声が威勢良く聞こえてきた。 「久しぶり、タカさん!」 「あ、桃!それに、リョーマ君も。久しぶりだね」 板前さんの格好をした、河村先輩が包丁を置くと途端にやさしい顔になった。 「ほんと、久しぶりっすねー」 「やっぱり一人暮らしは大変そう?」 「大変だけど楽しいっすよ!こいつもいるし。でもやっぱ、部活で疲れて、家帰ったら即寝っすね」 「ちゃんとリョーマ君にもかまってやれよ?」 「そりゃぁもうご心配なく。毎日ラブラブっすよ!なぁvリョーマv」 「たまにウザいっす」 「コ、コイツは・・・っ」 「はははっ!」 河村先輩は、俺と桃先輩を席に案内し、お茶を出してくれるんだけど、 コトっと音を立てて、桃先輩と違うものが俺の目の前に出される。 「おまえはこっち、な」 猫なだけに猫舌の俺は、お茶なんか飲めない。 だから河村先輩は俺用に、別のものを出してくれるんだけど・・・ 「ほら、せっかく出してくれたんだから、ちゃんと飲めよ」 意地悪を言いながら、桃先輩が俺の前にコップを差し出す。 猫はミルクが好きだなんて誰が決めたんだ・・・っ!! でも、だからってせっかく出してくれたミルクを「飲めません」なんて言えなくて、 毎回、俺は我慢してミルクを飲む。 でも、これを我慢すればおいしいお魚が待ってるわけだから、 いつもここはがんばって飲むことにしてる。 「そろそろ克服しろよな、ミルク」 「桃先輩が飲んでくれれば、楽なのに・・・」 でもなんだかんだ言っても、結局最後は俺が飲むことになる。 文句をいいながら、ぐいっと一気にそれを飲み干す。 苦い顔で桃先輩の顔を見る。 「よくできました」 桃先輩は楽しそうに笑うけど、口の中は苦手なミルクの味が広がっていく。 うえぇ・・・。 「はい、おまたせ」 「サンキュータカさん!!おっ、うまそー!!」 グットタイミングで、河村先輩のごちそうがやってきた。 桃先輩は目をキラキラさせて目の前のおすしを食べ始めた。 食い意地はりすぎ。 「さ、リョーマ君も遠慮しないで食べてってよ。おかわりあるから」 「どうもっす」 「タカさんタカさん!俺もおかわり!」 「も、桃、もう食べたの?」 「もちろんっす!まだまだイケるっす!」 「桃が食べるとネタなくなるから、今日はそれで終わり」 「えぇ!!!そんなのないっすよぉ〜・・・」 もっと大事に食べればよかったと、桃先輩がテーブルに突っ伏す。 へへん、ざまぁみろ♪おれはまだまだ残ってるもんね。 「んじゃ、イタダキマス」 やっとごちそうにありつける。 そう思って、魚にかぶりついた瞬間・・・ 「・・・今日は散らかすんじゃないよ・・・」 耳に息を吹きかけるようにして、ボソっとそう告げられた。 「・・・・・・っっっっ!!!!!!!!!!」 驚いて勢いよく振り向くと、 そこにはいなかったはずの人物が立っている。 ・・・いないって信じてたのに。 「あ、不二先輩。お邪魔してます!」 「いらっしゃい、桃」 「おかえり、不二」 「ただいま、タカさんv」 「ははっ!相変わらず気配ないっすねぇ!」 「ありがと」 出た。女将・・・。 ・・・不二先輩はここ河村寿司の女将で、いきなり出てくる。 今日だって、こうやって俺を驚かすために、いきなり囁いてくる。 こうゆう意地悪しなければ、嫌いじゃないけど、 いつも俺を驚かしては、俺の反応を見て楽しんでるから、キライ。 「リョーマ君も、いらっしゃい」 「・・・・・。」 「リョーマ、挨拶はちゃんとしろって前も言っただろう?」 「・・・どもっす」 「元気そうでなによりだよ」 何を考えてるのかわからないけど、不二先輩はいつもにこにこしている。 河村先輩もにこにこしてるけど、なんかこの人のは、怖い。 キライって言うより、怖いの方が強いかもしれない。 「不二先輩、どこ行ってたんすか?」 「スーパーに買出し。今日すき焼きにするんだ。ね、タカさんv」 「ねー」 「ハイハイ・・・ゴチソウ様っす」 「なに言ってんの。桃は呼ばないよ」 「そうゆう意味じゃないっす」 桃先輩たちが話をしている間に、 俺は黙々と魚を食べる。 ・・・。おいしい。やっぱり来た甲斐あったなぁ。 夢中になってそれにかぶりつきながら、思わず顔がほころぶ。 しあわせ・・・ でも、夢中に食べ続けたその結果、 桃先輩たちが笑いながら話している短い間に、 テーブルの上やら、畳やらを魚まみれにしてしまった。 「リョーマ・・くん・」 低い声が聞こえた・・・ |