もし俺に魔法が使えるなら、なにをしよう。 今ひとつだけ、小さな小さな願いがかなうなら。 「いけね。もうこんな時間か」 腕時計を見る桃先輩に、俺は顔をしかめる。 聞きたくなかったよ、その一言。 大好きな声なのに、その言葉だけはキライ。 「そうっすね」 時間なんか気づかなくていいのに。 腕時計なんかしてなきゃいいのに。 「今日晩飯何にすっかなぁ」 「何、桃先輩今日料理すんの?」 「今日両親いないから、チビたちの分作ってやんねぇと」 「ふーん。頑張って、お兄ちゃん」 「・・・おまえが言うと可愛くねぇ」 「うるさい」 「おまえ今日何食いたい?」 「なんで俺に聞くの」 「いいからいいから」 もう帰るというのに、話を盛り上げてく桃先輩。 話題を切らせたら、もう終わりだと思ったから、 とっさに思いついたものを挙げた。 「ハンバーグ」 「よっし!今日はハンバーグに決定」 「だから俺は食べないって」 「今度食わせてやっからv」 「・・まずかったら、残り桃先輩が食べてね」 「んだと。おまえ、俺の腕前を知らないな!」 「当たり前。食べたことないし」 「そんじゃ、今度俺の飯食いにこいよ!作ってやっから」 「まぁ、気が向いたらね」 タイムリミットまであと2分。 このまま会話を続けて。 帰るのなんか忘れて。 ずっとここにいてよ。 それが言えなくて、言葉にできなくて・・・ 「それじゃな」 頭をくしゃりとされて、桃先輩は立ち上がる。 玄関まで見送るために俺も立ち上がる。 「・・・あのさ、越前」 「ん」 顔を上げた前に居た桃先輩は、 なんだか照れくさそうで、少し恥ずかしそうで。 「帰りにくいから、あんまそうゆう顔すんな」 どうゆう顔、と聞き返す前に、俺は桃先輩の胸に抱き込まれていた。 玄関先だけど、薄暗く人通りが少ないのをいいことに、 俺も桃先輩を抱きしめ返した。 ・・・だって、帰ってほしくない。 帰るな、って思いも込めて拗ねた声を出すと、 ちゅ、っとおでこにキスが降って来た。 「・・・口がいい」 さらにわがままを言う俺に、桃先輩は少し笑って、 俺の望む唇にキスをしてくれた。 唇をかすめたあたたかいぬくもり。 離したくないのに、それはすぐ離れていって・・・。 「続きはまた明日な!」 最後にまた頭をぽんぽんてされて、桃先輩は自転車にまたがった。 ちぇ、と舌打ちをする俺に、「寂しいからって泣くなよ!」って からかい口調で告げたあと、 桃先輩は冷たい風をきりながら、自転車を走らせた。 桃先輩の後姿を見ながら、冷たくなってきた手をすり合わせる。 「もっとしたかったな・・・」 でも、きっと。 桃先輩も同じこと思ってる。 唇を離す瞬間、桃先輩も切なそうな顔してた。 朝になったら桃先輩はまた迎えに来てくれるから。 キスもいっぱいしてくれるから。 だから明日まで、少しだけガマン・・・。 桃先輩、おやすみなさい。 またあした。 |