『今からおまえ抱きしめに行くから』





たった一言だけ、メールにはそう書いてあった。
いつもみたいにテニスして買い食いして帰った普通の日だったはずなのに、
たったこれだけのことで、今日という日が特別に思える。


ねぇ、桃先輩。

今までこんなことってあった?




「越前!!」

冷たい風から身を守るため、コートを羽織り外へ出たとたん、
俺を呼ぶ声がした。

「桃先輩」

馬鹿。なんて薄着してンの。
俺はこんなに防寒ばっちりなのに、部屋着でそのままできたような格好で、
桃先輩は俺のところまで走ってきた。

あの言葉どおり、桃先輩は俺をぎゅうっと抱きしめた。
走ってきたせいで、まだ桃先輩の息はあがっていた。

「桃先輩、部屋入ろ」
「あぁ、そうだな」






部屋に入りドアを閉めると、暖かい空気に包まれて、コートを脱いだ。
桃先輩何かあったのかを聞こうとすると、何も言わずにまた抱きしめてきた。

「越前」
「ん、なに」
「越前」
「なに」
「越前」
「聞こえてるってば」

それでも桃先輩は俺を抱きしめて・・風さらされてきた肌が冷たい。
なんだか、いつもの桃先輩じゃない。
俺はなぐさめるように、桃先輩の背中をなでた。

「どうしたの」
「いや・・」
「どうしもしないのに、わざわざ来たの?こんな夜遅くに」
「なんか、すっげぇ・・会いたくなったんだよ」
「それだけ?」
「それだけ」

やっぱり、なんだか今日の桃先輩はどこか違う。
あんまり元気がない。
それとも、桃先輩のとりえの元気がなくなっちゃうほど、
俺に飢えてた?

「腕寂しかったし、口寂しかった」

ストレートにそんなことを言われて、少し恥ずかしい。
桃先輩はいつだって真っ直ぐにぶつかって来るから。



ちゅ。


体を少し離して、桃先輩の唇を奪うと、体の距離がまたゼロになる。
そうして、俺の頬に桃先輩がチュっとキスをした。


「桃先輩、元気だしなよ」
「あぁ、そうだな」




ねぇ、桃先輩。
あのメールもらったときの俺、どんな気持ちだったと思もう?



こんな夜遅くに、一言だけ打ってあって。
俺の都合なんか関係なくて。
意味もわからくて、むちゃくちゃなはずなのに。


なんでこんなに嬉しいんだろう・・・。
幸せなんだろう。




「ありがとな、越前。元気でた」

お礼を言うのは俺のほう。
こんなときでさえ、俺は桃先輩に救われてる。




「もう、帰るの?」
「あぁ、また明日会えるしな」
「そうだね」

お互いに名残惜しい腕を解いて、
今日はもうこれで最後だと自分に言い聞かせて、
おやすみのキスをした。

そう、また明日会えるから。

そしたら、またいつもの桃先輩に会えるよね。





















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