さよならは、言わない。

これは“つかのまの旅”







「ほんと、びっくりしたぜ。いきなり帰ってくんだからよ」

部長を越えるため、今までの自分を凌駕するために、
それだけのために日本に一時帰国してきた。

「一時帰国でも、帰ってくるなら連絡くらいしろっつーの」

桃先輩に、他の先輩たちに、会う気はなかったのに。
目的だけを果たして、すぐにまたアメリカへ飛び立つはずだったのに。
結局全員と顔をあわせて、言葉を交わしてしまった。
せっかくきつく締めていた表情がゆるんでしまう。
だから、帰ってきた目的だった部長以外とは顔をあわせたくなかったのに、
特に桃先輩とは・・・。

「おーい、越前ー聞いてんのか」

いつもの調子で覗き込んでくる桃先輩。
久しぶりの匂い、空気、声・・・。
思い出してしまうから、避けていたのに。

「・・こうやって歩くのも大分久しぶりな感じするな」

桃先輩の隣で歩く俺は、なんだか幼い。
自分でもわかるくらい、桃先輩の前にいる俺は幼くなってしまう。

「桃先輩、俺・・部長に、勝ったよ」
「おう。ちゃんと見てたよ」

俺はその笑顔に弱いから、
その笑顔だけは見ないように、見ないように・・
していたはずなのに。

ぽんぽんとやさしく頭をなでられて、スイッチが入ってしまう。
そして、我慢できずに見上げてしまう。
こんな不可抗力って、残酷。
見上げるとぱちっと目が合って、我に返って下を向く。

「今更隠すなよ。見慣れてるんだからさ、泣き顔」

それでも下を向いて、必死に震える肩をおさめようとする。
でも震えは止まらなくて、代わりにあったかい腕がおりてくる。
桃先輩の腕に抱かれながら、ゆっくり歩いていた足が止まる。

「おまえ、会わないようにわざと連絡しなかったんだろ、わかってるよそれくらい」

桃先輩は俺の正面に立って、涙を指で拭う。

「会わないようにしてた理由もわかってる」








「でも俺は、おまえに会いたかったぜ?」

ぎゅ。
耳元で囁かれて、すがるように抱きつく。
――そんなの、俺もに決まってるでしょ。馬鹿・・。

桃先輩の胸の中でそうつぶやいてやったら、
額に触れた、唇。じんわりあったかい。

「唇にしてもいいか?」

いつもはそんなこと聞かないくせに。
俺はこっくり頷きながら目を閉じた。

久しぶりに触れた唇は、あったかくてやさしくてやわらかくて、
まるですべてを溶かしてしまうような、
そんなキスだった。
久しぶりだったせいかもしれない。
急に顔が熱くなって、足がガクガク震えて、なんだか恥ずかしかった。

「明日も試合、あんだろ」
「うん」

目的は達成したから、そのための帰国だったから、
これでもうアメリカへ帰らなくてならない。

さよならは言わない。
それは、別れの時にいう言葉だから。
これは別れじゃない、異国への“つかのまの旅”だから。

名残惜しく体を離すと、視線の少し上に桃先輩がいる。
離れていても、きっとあなたはそうやって俺のことを見つめてくれるから。
そして俺もずっとずっとあなたを想う。

「頑張れよ」
「桃先輩もね」
「元気でな」
「行ってきます」

桃先輩もさよならは言わなかった。

もう振り向かない。
次ぎあう時までアンタの顔は見ない。
涙はもうたくさんだ。



次に会う時まで、
もうアンタには涙は見せない。





いってきます。










アニプリ最終話のつづきのかんじで。
きっと会ったら帰りにくくなるから、みんなには秘密だったんだ。
心細いリョーマの背中を桃先輩はぽんと押してあげられる
たった一人の存在なのです。
ネタ的に115題の外国とかぶってしまいましたが、お許しあれ。
(今気づきました)












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