「桃ちゃん先輩〜」 最近やたら、あの人を呼ぶ声を聞く。 堀尾も、カツオも、カチローもあの人のことをよく呼ぶ。 他の1年生もだ。 入学したてで心細い1年生の俺たちにとって、 兄貴代わりの面倒みのいい人だったから、 あの人の周りには常に人が集まる。 「俺のラケットの持ち方って変ですかね?」 「あーそれは握りが甘いせいだな。ここをこうやって・・」 「あ、ほんとだ!」 「桃ちゃん先輩、僕も教えてもらっていいですか?」 「おう、いいぜ」 人込みは好きじゃない。 だからそんな場所には俺は近づこうともしなかった。 別に近づこうとしなくても、昼休みになればあの人と過ごす時間はあるから。 そう遠巻きにその人だかりを見ていた。 孤独は感じなかったけど。 でも、なんとなく・・・ 「桃ちゃん先輩、ありがとうございました」 「いいって、いいって」 指導を受けた1年生は嬉しそうに、戻っていった。 あの人はというと、他の先輩たちに囲まれて仲良さげに話していた。 あの人にはすぐに人がつく。 部活をしていて、一人でいることがあまりない気がする。 特定の人と仲がいいんじゃない。 いろんな人が、かわるがわるあの人の周りに吸いつけられていくんだ。 やっぱり、あの人と俺とは、見てる世界が違う。 「越前は話してこなくていいのかよ。桃ちゃん先輩ってすっごい面白いんだぜぇ」 そんなこと、知ってる。 わざわざ戻ってきた堀尾が、グリップの握り方褒められてんだぜ、と自慢げに話す。 握り甘いって言われてたくせに・・。 「いいよ、俺は」 素っ気無く背を向けると、なんだか妙に自分が情けないような気がした。 なんだか自分が逃げているような。 俺が弱いみたいな。 ・・・俺はあの人から、逃げてる? 「おまえもグリップの握り方教えてやろーか?」 近くでそんな声が聞こえて、思わず心臓が高鳴る。 「なーんてな。おまえ教えなくても上手いかんな〜」 そこにはちょっと悔しそうな顔をした先輩が横に立っていた。 びっくりさせないでよ。 ・・・アンタのこと考えてたんだから。 「なんか用?」 「相っ変わらず、愛想ねぇなぁ越前」 そう言ってまたこの人は笑うんだ。 だから、なにがそんなにおかしいの。 普通、怒るところでしょ。 「越前ってやっぱ変なヤツ〜」 ・・・この人は調子が狂う。 他に人がいっぱいいるって言うのに、 この人は気づくと、こうやって俺の近くにいるんだ。 「用がなきゃ話しちゃいけねぇか?」 「別に、そうは言ってないけど・・」 「なら別にいいだろ〜」 いいけど・・・返す言葉が見つからない。 「いい加減、おまえも呼べって」 「は・・?なにが」 「俺のこと」 「なんで」 「なんでって、生意気な1年坊主にアンタなんて呼ばれたくねぇ」 「じゃあ・・先輩」 「先輩って2年も3年も先輩だろ。それじゃ俺だってわかんねぇじゃん」 「それならやっぱりアンタって呼・・」 「桃ちゃん先輩って呼んでv」 「やだ」 もう、しつこいんだけど。 そんなにその名前で呼んでほしいわけ? 「なんでだよ」 なんでって・・・・ 「・・・長いから?」 「おいおい〜そうゆう問題かよ〜」 なかなか素直にならない俺に、この人は顔をしかめた。 もう、しょうがないなぁ・・・・・・ 「・・・・・・桃先輩」 「・・へ?」 「これからアンタは、桃先輩」 それはとっさに考えた俺なりの答えで、 無愛想に返してやったつもりだったのに、 返事の代わりにこぼれそうなくらいの笑顔が降ってきた。 ・・・ホント、恥ずかしい人なんだから。 「ん〜、桃先輩かぁvよ〜っし!じゃあこれからはちゃんと『桃先輩v』って呼べよ」 「はいはい」 こうやって部活の合間に少し話しただけで、 昼休みに一緒にお昼を食べるだけで、 そして、 『桃先輩』と呼ぶ瞬間だけ、俺の中で何かが変わった気がした。 ただの先輩から桃先輩への進歩です。 |