「越前、結婚しよう」 ・・・へ? いきなりそう言われて、俺は目をぱちくりさせて、桃先輩に視線を向けた。 なに冗談言ってんのって笑い返してやろうと思ったら、 試合してるときみたいに、桃先輩の表情は真剣でいた。 桃先輩はめったにそんな顔を俺には向けないから、 驚いて、息をのんで、黙り込んでしまった。 思わず下を向いてしまって、顔が上げられなくなってしまったと思ったら、 言われた言葉の意味を、いつのまにか頭で繰り返してた。 恥ずかしくて、顔が上げられなかった。 「越前?」 桃先輩の顔が近づいて来る気がして、思わず下を向いたまま目をつぶった。 ぎゅっと、ぎゅっと目をつぶって・・・。 気づいたら。 目を開けたら、朝が来ていた。 ベットの中でほんのり目を開けて、カーテンから差し込む光にウインクした。 「桃先輩・・?」 ぎゅっと布団をつかんで、もう一回目をつぶる。 桃先輩がもう一回現れるように。 もう一度、さっきの言葉を繰り返す。 『越前、結婚しよう』 耳に残る甘い囁き。 目をつぶっても、まぶたに焼き付いてる、真剣な表情。 恥ずかしかったけど、もう一度見たくて目をつぶるけど、 赤く火照ってしまった顔は、もう完全に目覚めていて、 もう一度眠るなんてできなかった。 「・・もう一回言って」 布団の中でちいさく呟く。 あまりにもリアルだったその夢は、 夢だと思いたくないくらい、ぬくもりが伝わってきてて、 ・・・桃先輩が恋しい。 昨日会ったばっかりなのに。 今日もあと数十分で会える時間になるのに。 その言葉を聞いてしまった。 はじめて聞いた、桃先輩のプロポーズ。 まさか、夢で言われてしまうなんて。 トゥルルル・・トゥルルル・・。 電話のコール音。 ・・桃先輩だ。 「もしもし」 「おはよ、越前」 「おはよ」 「珍しいじゃん、すぐ出るなんて」 「まぁ、ね」 あんなこと言われたら、嫌でも目、覚めるよ。 「ん、なんか言ったか?」 「別に」 「・・あー・・」 「なに」 「・・なんつか、越前の声聞いたらすげー会いたくなった」 「毎日、声聞いてるでしょ」 「いつもは寝ぼけてて、おはようもまともに言ってねぇだろ、オマエ」 「そうだっけ」 「今日さ、早めにおまえンち行ってい?」 「いいよ」 ・・俺も早く会いたいし。 「すっ飛ばして行くからな!」 「事故んないでよね」 「おう任せとけ!そんじゃ、またな」 「桃せん・・」 ・・プツ。ツー・・ツー・・。 切れた・・。 なんだよ。 ・・・早く来てよね、って言おうと思ったのに。 でも、言ってたら後で桃先輩にからかわれて、 その後にいつもみたいに、思いっきり抱きしめられるんだろうな。 ちょっと残念なような、ほっとしたような。 「越前、着いたぞ!」 「早いすぎ。10分くらいしか経ってないじゃん」 「その割には、もう準備万端じゃん越前」 「寒かったから目覚めちゃったんすよ」 「いつも布団に潜りこんじまうのに今日はホント珍しいな、エライエライ」 桃先輩はそう笑って、俺の頭をなでる。 その桃先輩のぬくもりを感じながら、朝の出来事を思い出す。 桃先輩、いつか大人になったら、アンタは俺に言ってくれるの。 好きだ、大好きだ、なんかじゃもう足りないんだから。 愛してるっていっぱい囁いて、あの言葉を言ってくれる? もう夢なんかじゃ聞いてあげない。 答えも出してあげない。 今度は目覚めないこの時の中で、アンタは俺になにを言ってくれる? もし、俺からこの思いを伝えたらアンタは驚くかな。嬉しがるかな。 俺、ずっと待ってるから・・ 桃先輩にいつか言われるその一言。 「越前、今日学校まで歩いてかねぇ?せっかく時間たっぷりあるんだしよ」 「そうだね」 桃先輩は自転車を止めて。 伸ばされた手に、俺も手を伸ばして。 そのときが来るまで、ずっと一緒に歩いていてよね。 そんなことを思いながら、気づかれないように俺は桃先輩に寄り添った。 |