窓を開けると、冷たい風が頬を凍らせる。
すべて開けきると、俺は思い切って暗闇の空に1歩踏み出した。
う・・高い。
両手でバランスを取る為に、手に持っていた紙袋をコートのポケットにしまった。
気合で降りられると思っていたのは、ちょっと無謀だったのかもしれない。
何よりここは2階だし、何かをつかまって降りられるような手ごろのものもなかった。
道路は真っ暗だし、もしかしたら着地に失敗するかもしれない。
そんなことを考えている間にも、体はどんどん冷えていく。
どうしよう・・・でもここで諦めるわけにもいかないし。




「越前!!何してんだよ!!!」

も、桃先輩・・・!!?
はっとして大声がするほうに視線を向けると、
白い息をはきながら桃先輩が自転車と共に、道路にいた。
俺は慌てて、シー!と唇の前に指を立てた。

「はぁ?危ねぇから部屋入れよ!」

うわ、馬鹿。声がデカい!
もしかしたら親父に聞こえてしまうんじゃないかってくらいの声の大きさに、
更に俺はシーシー!と繰りかえすが桃先輩は全然わかってない。
その途端、俺の体がぐらっと揺らいだ。

「うわっ!」
「越前っ!!」

どうにか体勢は保ってるけど、とりあえずここから早く降りたい。
今更後悔しても遅いけど、窓の外になんか出るんじゃなかった。

「越前、とりあえず部屋入れって」
「無理・・・動けない」

体が揺らいだせいで、落ちるって恐怖を味わったせいか、
こわばった体は動いてくれない。
どうしよう。
どうにも動けなくなっていると、桃先輩は自転車を止めると、
走って俺の部屋の下まで来た。

「よし、越前。飛べ!」

大声で叫んで、両手を広げた。

「む・・無理っすよ、そんなの」
「やってみなきゃわかんねぇだろ!」

寒さで手がしびれてきた。
もうこれ以上、つかまってられない。
・・・ねぇ、桃先輩、信じていいの?

「来い越前!ちゃんと受け止めてやるから!」

真剣な瞳を見つけて、俺は桃先輩の腕に向かって飛び込んだ。
ぶつかった衝撃で、どすんと言う音を立てながら、
俺はしっかり桃先輩にしがみついた。
勢いよく跳んだせいで、下敷きにするように、俺は桃先輩の上に乗っかる形になった。

「桃先輩・・大丈夫?」

心配になって桃先輩の顔を覗き込むと、
言葉を全部言い切らないうちに抱きしめられた。

「ばか。なにやってんだよオマエは」

ちいさく、うんと頷いて、俺も思わず目の前の体を抱きしめた。

「答えになってねぇって」

俺は、頭をなでる桃先輩の顔を見上げる。
だって、しょうがないじゃん。
もしかしたら会えないかもしれないなんて思ったら、
どうしても桃先輩に会いたくなった。

「部屋に閉じ込められた・・・」
「誰によ」
「・・親父」
「南次郎さんか。まぁ、しょうがねぇかもな」

普段からよく俺の家に出入りするようになっていたのに加え、
12月になって、寒さを口実に桃先輩をよく泊まらせたり、
俺が桃先輩の家に泊まりに行ってたから、夜に家を抜け出すこともしばしばあって、
そろそろヤバいかなと思ってたけど、それにしてもなにも今日閉じ込めることないじゃん。
俺が膨れていると、桃先輩がぽんぽん頭をたたいた。

「あんだけ夜遊びしちまったんだから、仕方ねぇよ」

苦笑いする桃先輩に、俺はそれでも納得できずに頬を膨らましていると、
桃先輩の背景がいきなり明るくなった。

「やば・・来る」

それは玄関の照明だった。
あれだけ派手に音を立てれば、誰だって見に来る。
やだ、せっかくここまで来たのに、捕まりたくない。

「越前、逃げるぞ」

いきなり起き上がった桃先輩に手を引かれて、後をついて行くと、
桃先輩は早々と自転車にまたがった。

「逃げるぞ」

促され、桃先輩の後ろへ乗り、振り落とされないように、
ぎゅっと桃先輩の腰に抱きついた。

「ずっとそうしてろよ!」
「っす」

急発進した自転車は、勢いよく俺の家を飛び出した。
走り出した瞬間、誰かが俺を呼んでた気がしたけど、そんなことはもうどうでもいい。
もう俺はそこにいないんだから。
俺は今桃先輩と居て、こうやって体温を感じてる。
揺れる自転車と、それをこぐ桃先輩の息づかいが背中を通して聞こえる。
・・・今日中に会えてよかった。
必死に自転車をこぐ桃先輩をよそに、俺は目の前のおおきな背中を抱きしめた。


















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