この腕に、抱きしめるものは



「桃、おまえ今日の夜空いてるか?」
着替えが終わるのと同時に隣にいた松田に話しかけられて、俺はチッと舌打ちでもしたい気分だった。

「あー? ダメダメ。俺、週末ちょっと用事あんだよ」
おざなりに答えて急いで部室を出ようと、手早く荷物を片付ける。
「なんだよ、確か今週はバイト休みだろ」
「用事だっつってんだろ」
おまえちょっとは聞けよ、人の話を。

「何の用事だか知らねーが、断れよ。美味しい話があるんだよ」
「断る。ただし、おまえの話のほうをだ」
俺は松田の誘いを一刀両断に切って捨てた。

大学で知り合った松田は明るくていいヤツだけど、思い込んだら一直線なところと強引なのがたまに傷だ。
おまけに早合点もよくする。 だから、こいつの言う美味しい話はたいてい本人の思い込みによるところが大きい。
その言葉に乗せられて付き合っても、得することはほとんどない。
でも、コイツはそんな事くらいでめげるような可愛いヤツでもなくて。

「おいおい、今回はホントだって。なんと、女子大と合コンなんだよ」
「マジかよ、松田!」
「どこ? どこの女子大だよ?」
途端にまわりにいたやつらが色めきたって騒ぎ始めた。

あー、うるせぇ。
どいつもこいつも女のことになると……。
まぁ、気持ちは分からなくもないけど。
大学はとっくに夏休みだってのに、朝から晩までテニス、テニス、テニス。
女の子と海に行く時間すらないって、この前みんなで泣いてたもんな。
それが、同じ仲間からチャンスをぶら下げられりゃ、飛びつきたくもなるってもんだ。

「松田、どこの娘なんだよ」
「聞いて驚けよ、F女だよ、F女!」
得意気な松田の声に、『うおーっ!』と歓声が上がった。
F女といえば、ここいらじゃ有名なお嬢様学校で、女の子のレベルが高いことでも定評がある。

「おまえ、どこでそんな話つけてきたんだよ」
「はいはい! 俺、参加ね」
「あ、俺も俺も」
「おまえは彼女いるだろーが」

みんながわーわー騒いでるこの隙に帰ろうと背中を向けたら、ガッチリ腕を捕まえられた。
「……なんだよ」
俺は今日は忙しいんだ。

「桃は参加だろ?」
「だから、用事があるって言って」
「参加だよな!」
「用事が……」
「おまえ連れていかないと、合コン自体パーなんだよ!!」
松田の悲痛じみた叫びに、一瞬その場がシーンとなった。

「…………はぁ?」
俺が、なんだって?

「この合コンをセッティングしてくれた娘、大のテニス好きでさ」
それから松田は、バイト先が一緒のそのあずさちゃんって娘がどれだけいい子で可愛いか、そして、高校時代から俺のプレーが好きで、
よく試合を見に行っては応援していたということを、身振り手振りを交えながら滔々と語った。

「………で?」
「だから! おまえに会わせる場所を提供するって条件で……」
合コンのセッティングをしてくれたってわけか。
はぁ、俺は客寄せのパンダかよ。
「おまえなー、人の承諾もなく勝手に決めてくんなよ」
「でも桃、おまえ今彼女いないんだろ? だったら、一度会ってやってくれよ」
確かに『彼女』はいないけどな。
でも……、でもな………。

「悪いけどパス」
「「「「えーーーーーー!!!」」」」
途端に上がるブーイング。

「なんでだよ、桃! おまえ、俺たちのチャンス潰す気か!」
「そーだ、そーだ」
「ちょっと顔出してくれるだけでもいいんだよ。な、頼む、桃」
必死になって頭を下げる松田や情けない顔のチームメイトを見てると、なんだか逆に俺の方が勝手を言ってるような気になってくる。
だけど、今日はダメだ。
絶対、無理なんだ。

「なぁ、桃。頼むからちょっとだけ来てくれよ」
「悪い、無理だ」
「………どーしてもか?」
「ああ」
「…………なんでダメなんだよ?」
ガンとして首を縦に振らない俺に、さすがの松田も訝しそうな顔になった。
………なんでって、今日は………。
どう言い訳しようか悩んでたら。

「超遠距離恋愛中の恋人が帰ってきてるからだよね」
クスクスと笑いを含んだ静かな声が背中から届いて、俺は驚くのと同時に頭を抱えたくなった。
また、この人は!
どうしてこんなタイミングの時ばっかり、目敏くやってくるんだか。

「不二先輩!」
彼を崇拝している松田は、にぱあっと全開の笑顔になって飛び上がらんばかりに喜んだ。
………こいつ、やっぱりちょっと変わってるよな。

青春大学テニス部に入って
3ヶ月。
たいていの一年生が恐れる不二先輩の怖さが、松田にはいまひとつ、どころかみっつくらいピンときてないらしい。

………俺は、不二先輩の登場を心から喜べるおまえを、ある意味尊敬する。

「なんだか面白そうなこと話してるねぇ、桃。合コンとかなんとか」
「い、いや。別にたいした話じゃ………」
さっきの不二先輩の発言は聞かなかったことにして、今すぐ逃げたい。
「桃は、いつもそんな事して遊んでるの?」
そんなわけがないことなど百も承知の上で、この人はこういう事を言う。
ようは、遊ばれてるんだよな、俺。

「………あの子に言っちゃおうかなぁ」
「不二先輩〜」
「あの子も知りたいんじゃない? 自分がいない間、キミがどうやって欲求不満を解消してるのか、とか」
「勘弁してくださいよ〜」
情けない声で前面降伏を示す俺に、いたく満足したらしいテニス部陰の帝王は、
「まぁ、僕は聞かなくてもだいたい分かるけどね」
と、しっかりとどめを刺してから、
「今回は不問にしといてあげるよ」と締めくくった。

「………あの〜、不二先輩?」
不思議そうに首を傾げながら松田が手を上げた。
「なんだい?」
「さっき不二先輩、桃の恋人が帰ってきてるとかなんとか………」
「うん。言ったよ」
「桃って、彼女いるんすかっ!?」
「うん。もうずいぶん長く付き合ってる恋人がいるよ。あれ? 知らなかった?」
『彼女』という言葉をさりがなく『恋人』と言い換えながら、不二先輩が笑う。

「「「「「ええーーーー! 聞いてませんよ!!!」」」」」
といういくつもの声と、俺の携帯が鳴り出したのはほぼ同時だった。
「桃、ホントかよ?」
「おまえ、何で言わなかったんだよ!」

あー、うるさい、うるさい。
わらわらと群がってくるやつらを何とかかき分けて電話を取った。

「もしもしっ」
『………ねぇ、まだ?』
ぶすっとした不機嫌そうな声が聞こえてきて、思わずひゅっと息をのんだ。

「え、越前」
『早く帰ってくるって言ったから待ってんのに。なにやってんの?』
「わ、悪い。今すぐ行くからっ!」
『………30分。それで来なかったら、今日はもう会わない』
「おーい、無茶言うなよ〜。こっからおまえの家までどれだけかかると思ってんだよ」
広大な敷地を擁する緑豊かなキャンパスは、都心からはかなり離れたところに建っている。どれだけ急いだとしても、30分じゃ絶対無理だ。

『アンタが悪いんじゃん。俺を放っておいて油売ってるから』
どーせまた、誰かに捕まって話とか聞いてやってんでしょ。
「………おまえ、よく分かるなぁ」
透視能力でもあるんじゃねぇ?と感心した俺の耳に『バッカじゃないの!』という怒鳴り声が響いた。

『もういい! 俺より優先したいことがあるならそっち行けば?』
「ばか、そんなもんねぇよ。俺が悪かった、ごめん」
『………………』
「なぁ越前、そんな怒るなよ。ごめん、ごめんな。今すぐ行くから。待っててくれよ、な?」
愛してるぜ、と出そうになって、俺はようやく思い出した。

………部室だった。

固唾をのんだまま黙って俺の電話を伺っていたやつらとバッチリ目があって。
にぃ〜とおかしな笑いを浮かべる顔を、ヒクヒクと引きつりながら端から端まで見渡してから、俺はダッシュで部室を飛び出した。

「あ、待て、桃! 逃げんな!」
バカ。待てと言われて待つヤツがいるか。

「説明してけ!」
「F女との合コンはどうすんだよ!」
口々に投げつけられる言葉を振り切って、
「悪い! またな!」
背中越しに手を上げただけで、俺はもう振り返らなかった。

あ〜あ、こりゃ週明け、吊るし上げ決定だな。
はぁ。







チャイムを鳴らすのとほとんど同時に開けた玄関先に、越前は座ってた。
「え、えち」
会いたかったけど、完全に臍を曲げてるに違いない恋人といきなりの対面には、さすがにびびる。
「遅い」
「わ、悪い」
駅からここまで自転車で飛ばしてきたせいで、はぁはぁと乱れる息をなんとか整えて謝った。

「………まぁ、誠意らしきものは見えるから許してあげるよ」
俺の額に滲む汗をすっと指先で軽くぬぐって、うっすら越前は笑った。
あれ? なんか、思ったより機嫌よくないか?

でもそのままおでこを指先でピンッと弾かれ。
「いてっ!」
「だけど、遅れたのはペナルティね」
「え?」
「………ファンタ、奢って」

上目遣いに俺を見上げながら悪戯っぽい目をする越前に、一瞬で3年前まで当たり前のようにあった日々がフラッシュバックした。
「越前………!」
たまらずきつく抱きしめる。

前よりも確実に少し高くなった越前の身長が、離れていた月日を実感させて、
俺の胸を小さな痛みが走り抜けたけれど、それよりも腕の中の確かな温もりが嬉しい。

「………なんか、言うことあるんじゃないの?」
胸が詰まって言葉にならない俺に、越前が静かに声を落とす。
「………ただいま。いや、………おかえり、越前」
みっともないくらい震えた声しか出せない俺の背中に回されていた手が、きゅっとシャツを掴む感触が分かった。
「ただいま、桃先輩」
憎らしいくらい静かな声がそっと囁かれるのを待って。

「会いたかった………!」
言うなり荒々しく口付けた。

久しぶりの柔らかな感触。
ルージュもリップも引いてないのにしっとりとした温かさを思う存分むさぼってから、性急に薄く開かれた唇をこじ開けて舌を絡め取る。
「んん……っ」
少し苦しそうな吐息や、零れ落ちる唾液にすら興奮して、乱暴なくらいきつく、何度も何度もキスした。

久しぶりだ、この感覚。
頭の中じゅう、越前でいっぱいになる。
舐めて、噛んで、吸って。
もうどれだけしたかも分からなくなった頃、携帯のアラームが小さく鳴る音で俺はようやく少しだけ正気に返った。

「…も、桃せんぱい……?」
「わ、悪い、玄関先で」
とろんとした瞳を向ける越前から、なけなしの理性を振り絞ってパッと離れようとした俺の首を、越前がぐっと引き寄せて。
「今さら」
笑いながらもう一度キスしてきた。

確かに。
ここがどこかなんてことすら頭から飛んでて、こんな事してて、今さらだよな。
苦笑しながら「……家の人は?」と聞けば、
「親父は寺。母さんと奈々子さんは仕事。ってゆーか、誰かいたら桃先輩が盛ったじてんでケリ入れてるから大丈夫」
と、答えが返ってきた。
……まったく、おまえは。相変わらず俺を先輩だと思ってねーな。
まぁ、そこが越前のいいところなんだけどな。

「で?」
「……でって?」
「どうすんの?」
こ・れ・か・ら。
俺が何を望んでいるかなんてわかってて、誘いをかけてくるところも変わってない。

「………寺のコートで一試合してから、メシでも食いに行こうかと思ってたんだけど……」
「思ってたんだけど?」
「予定変更」
靴を脱ぐのももどかしく上がりこんで、引きずるみたいに越前を部屋へ連れ込んだ。

ドサリ。

縺れ込みながらベッドへ倒れこめば、笑いながら越前が俺に抱きついてくる。
「ったく、ケダモノみたいだよ、桃先輩」
「しょーがねーだろ。オアズケが長かったんだから」
シャツを脱がす手間すら惜しくて、裾から胸元に手を差し入れながら首筋に軽く噛み付いた。

「ふふっ、くすぐったい」
「相変わらずムードねーな。おまえは」
こうして抱き合うのは10ヶ月振りだってのに、感慨とか感激ってもんがないのかよ、おまえには。
お仕置きとばかりに、指先で探り当てた胸の小さな粒をきゅっと摘んだら、越前が「あっ」と小さく啼いた。
「……感じやすいのも相変わらずか」
ニヤリと笑えば、「うるさい」と耳を引っ張られて。

でも、真っ赤に染まった頬が可愛くて、「会いたくてたまらなかった」「好きだ」と囁きながらゆっくりキスしたら、
もっと、とでも言いたげに首にしがみついてくる。
……こんなところも変わってない。
それがなんだか嬉しかった。

会わなかった間にテレビや雑誌で見た越前は、いつでも厳しい目をした横顔ばかりで。
時々、これが本当にあの頃俺の隣で笑っていたヤツなのかと、信じられない気持ちでいっぱいになった。

俺の目に焼きついている越前と、プロとして試合に臨む越前とは、重なるようでやっぱり重ならない。
出来損ないの写真のように、二重にぶれて見える越前の姿はなんだかすごく遠く感じた。

でも、やっぱり越前は越前だ。
どれだけ変わったように見えても、実際変わっていたとしても、俺にとっては自分の目で確かめたおまえこそが本当のおまえだ。

「……なに?」
じっと見下ろしたまま動かない俺を訝しく思ったのか、越前が小さく首を傾げる。
「ん? 背も伸びたけど……髪もだいぶ伸びたよな」
今は肩まで届くくらいに伸びた黒髪を、サラリと指先ですくった。
そういえば、これもあの頃じゃ出来なかった行為だ。

いつの間に、癖になってたんだろう?

「………」
それを思った時、本当に突然、スッと幕が上がったみたいに目の前が広がった気がした。

なんだ、そうだったのか……。
大丈夫じゃんか。
コイツはちっとも遠くになんか行ってない。
変わる越前、変わらない越前。
どっちも、ちゃんと俺の中にしっかりと息づいている。

「……桃先輩は変わらないね」
「そうか?」
「一緒だよ、あの頃と。ミントの匂い……」
くしゃりと俺の髪に手を入れて笑う越前が、なんだかたまらなく愛しくて。
小さくちゅっと口付けてから、俺はそっと越前のシャツを脱がせた。







胸の突起を唇で啄ばみながら、ゆっくり中心の熱を擦り上げたら、まるでひどい事でもされてるみたいに越前の体は震えた。
「やっ、あ、あぁ、やぁっ」
「越前? どうした? 気持ちいいだろ? ん?」
舌先でコリコリとした固い感触を楽しんだり、きつく吸い上げてみたりしながら、煽るように越前自身の敏感な先端を親指でこね回す。
くびれをなぞってから、はぐらかすように下の袋を揉みあげたら、パタパタと頭を振って、身を捩った。

「あ、んんっ、あっ」
「越前……」
強弱をつけながら越前の熱をさらに扱くと、透明な雫がくちゅくちゅと俺の手の平を濡らした。大きく開かれた足はスラリと伸びたし、
あの頃より、確実に筋肉もついたけれど、触れる内腿は相変わらず白くてしっとりと俺の手になじむ。
誘われるように体を沈めてその部分に軽く歯を立てながら吸うと、薄いピンク色の痕が花のように咲いた。

「も、桃せんぱ……っ」
泣き出しそうな声を、反り返った背中をゆっくり撫で上げることで宥め、俺はそのまま越前自身をそっと唇に含んだ。
「あっ! だめっ、やだっ、あ」
一端喉の奥まで含んでから唇でヌプヌプと扱き上げる。舌で先端を舐めまわすと、先走りの液がさらに濃く滲んだ。
「んんんっ」
反射的だろう。もどかしそうに左足が緩くシーツを蹴る。

舌を添えて、横から形をなぞるように舐めると、先を促すかのように、俺の頭に添えられた越前の指先に力が入った。
その震える指先に最後が近いことを感じ取って、俺は越前をなぶる速度を速めた。
何度も唇を上下させ、時には舌で強く押し、甘く歯をあてる。

「やぁ、も……っ、もぉ……」
「……いいぜ」
仕上げとばかりに添えていた手で少しだけきつく擦りあげながら吸うと。
「あっ、あっ、んぁっ、あぁぁっ」
一際高い声で鳴いた越前が吐き出したものを、余すところなく飲み干した。
残滓まで綺麗に舐め取った俺を、荒い息をつきばがら越前が見ていた。

「ごちそーさん」
「……バカ」
恥ずかしそうにしながらも、頬にキスする俺に、
「桃先輩、親父くさくなったんじゃない?」と笑う。
「おうよ。今日はねっとりたっぷり可愛がってやるからな」
言葉の尻馬にのって、わざと越前の全身をさわさわと撫で回したら、パチンと手の甲を叩かれた。

「久しぶりなんだから、手加減してよね」
……今日は俺、体中どこ触られても感じちゃうんだから、と。
人の手によってもたらされる快感に、越前がずっと飢えていたことを可愛く白状されて。
「……おまえ、分かってて挑発してるだろ?」
「なにが?」
キョトン、と首を傾げたってもう遅い。

ちくしょー。
今の一言で、完全に俺の理性は焼き切れたぞ。

越前のベッドの引き出しを性急に開けて、ゴムとジェルを探り当てた。
おざなりながらも指先にねっとりとしたジェルをつけて、後ろをまさぐる。
一度の射精くらいじゃまだ固く閉ざされたままのそこに、少し乱暴に指をあてがうと、越前がブルリと震えた。

2、3度ノックしてから、ジェルのぬめりを借りて指先を沈める。
「んっ……」
そのまま入り口を広げるように、中で指を横にスライドさせて。
温かく蠢く柔らかさに導かれるままに、今度は奥まで。
はぁはぁと荒い息を繰り返しながらも、俺を受け入れようと必死に体から力を抜こうとしている越前が愛しい。

ここ、だよな。
「あっ!」
ふっくらとしたしこりを指で擦ったら、越前の体が跳ね上がった。
「やっ、あんっ、ああっ!」
どれだけ離れていたって、触れてなくたって、俺は越前のイイところを間違えたりしない。
探る指を増やして、ゆっくりと出し入れを始める。
「ふ……んん」

濡れた音を立てながら段々とほぐれていく越前の中に、今すぐ思うがままに自分を突き立てたい欲求が湧き上がってくるのをぐっと押さえて、
俺はじっくりと越前の体を開いた。
久しぶりの、そしてたぶん、今日限りの短い時間だ。
出来る限り優しく、そして長く愛し合いたい。

「もも……せん、ぱ……」
「越前?」
そうして、充分に柔らかくなった中にゆっくりと俺が入った頃、すでに散々啼かせたせいか、掠れた声を上げながら越前が小さく俺を呼んだ。

汗に濡れた前髪をそっと掻き分けると、大きな瞳が揺れる。
「……痛いか?」
額に唇を落としながらそっと聞くと、滲むように笑って首を横に振った。

「リョーマ……」
せりあがるように胸を満たした愛しさを込めて、俺も越前を呼ぶ。
「……なに?」
答えてくれる声が嬉しかった。

おまえ、ここにいるんだよな。
ここに。
俺の腕の中に。

なんだか涙がこぼれそうで、誤魔化すためにちょっとふざけながら、
「なぁ、動いていいか? 俺、もう限界」
そう笑ったら。
「桃先輩、……泣いてもいいよ」
ただし、終わった後でね、と返された。

ちぇっ、お見通しかよ。
でも、泣くわけにはいかない。
おまえとずっと一緒にいたいから、何があろうと俺は泣くわけにはいかないんだ。

「バーカ、誰が泣くか。啼くのはおまえの方」
言い終わる前に俺は動き出した。
「ちょっ、急に……! ふっ、ん」
少しずつ律動を早くしながら越前を揺さぶる。

ギリギリまで引き抜いてから奥まで貫くと、目の奥がチカチカするような快感が俺の中を通り抜けていく。
熱くなまめかしい久しぶりの感覚に、すぐにでも達してしまいそうだ。
それを、奥歯を噛み締めることで、ぐっとこらえて。
かき混ぜるように突いたら、痙攣するように越前の奥が震えて、濡れた内側にきつく締め付けられた。
「……やべっ」
背筋をビリビリと電流にも似た痺れが走った。

「……リョーマ、わりぃ…、俺、もう……」
「あっ、んん、お、俺も……」
越前も限界らしく、俺の腕にキリリと爪を立てて首を打ち振るう。

潤む瞳からすうっと透明な雫が流れて。
やっぱり、泣いたのはおまえの方じゃないか。

その涙を唇で吸い取ってやりながら、俺は甘く蠢く越前の中に熱を放った。
「ん……っ!」
「やぁ、ふぅっ、んあっ、ああぁっ」
俺の迸りを受け止めた越前も、ほとんど間をおかず達した。



ぐったりとシーツに沈む体を柔らかく抱きしめて、荒い息を整える。
「もも…せんぱい…」
舌ったらずに、甘えたように俺を呼ぶその声を、ずっと聞きたかった。

「……ん?」
「……桃、先輩……」
「うん」
「……誕生日、オメデト」
「……ありがとな」

可愛い越前。綺麗な越前。
おまえのこんな顔を見れるのは、世界中でたった一人、俺だけだ。
世界中の人間がおまえの顔と名前を知る日がきても、こんな越前を知っているのは俺だけ。

そう思うだけで、なによりも大切な宝物をそっと抱きしめたような気になる。
百万本の花束よりも、目がくらむような宝石よりも手に入れることが難しい。
俺だけが掴める宝物だ。

「……眠い」
俺の肩にコトンと頭を預けて、越前がトロトロと瞳を閉じ始める。
「そーいやおまえ、いつ戻るんだ?」
昨日いきなりアメリカから帰ってきて、俺に「明日来て」の一言を告げたきり電話を切った。

「ん……、明後日……」
「次はどこだ?」
「試合は8月にポーランドだけど、その前にカナダ……」
「トロント・マスターズか」
「うん、親父が見とけって。どーせ、そのうち出るし」
ぷっ、簡単に言ってくれるぜ。
マスターズ・シリーズなんて、世界で選ばれた50人しか出れない大会だぞ。
でも、おまえならきっと立つんだろうな。
あのまばゆいばかりに輝くグリーン・コートに。

「アメリカに戻って、カナダ行ってポーランドか。USオープンも見るのか」
「……うん。その後は、たぶんイタリア……。さくさくポイント稼がないと……」

越前がアメリカに渡って3年。サテライト、フューチャーズ、チャレンジャーと順当にランキングを上げている。
今年はインターナショナルシリーズに参戦して、世界中を忙しく飛び回る毎日だ。
少しずつ日本で名前も売れ始めて、空港にいるとたまにサインをねだられたりしている。

でも、俺の腕の中でまどろむ越前の顔は、昔と変わらずあどけない、安心しきった表情で。

「寝ていいぞ」
頬を撫でながら髪をすくと、ホッとしたように息をついた。
「……夜、起こして……。プレゼント、買えなかったけど……ケーキは…奈々子さんに……」
最後まで言い切る事が出来ないまま、越前は引き込まれるように眠りに落ちていった。
穏やかな寝顔を見ながら、そっとその小さな頭を自分の方に抱き寄せて、俺も目を閉じる。

毎年、必ずこの日に合わせて帰ってきてくれる事こそが、おまえからの一番のプレゼントだ。
他には、なにもいらない。
俺は、一番欲しかった宝物を、もうこうして抱きしめているんだから。






目を覚ました越前は、きっと少しはにかんだように笑いながら俺が生まれたことを祝ってくれるだろう。

だったら俺は、生まれてきたことを感謝しよう。
父さんに、母さんに。
俺を慈しみ、育ててくれた人、物、すべてに。

生まれてきたから、越前に会えた。
俺が俺だったから、越前を愛して、愛されることができた。

ありがとう。

来年もまた、こんな幸せな誕生日を迎えられるように。
幸せそうな越前が、俺の腕の中にいますように。



祈りながらぎゅっと越前を抱きしめたら、応えるようにすり寄ってきた温もり。
そのあたたかさを噛み締めながら、俺も眠りに落ちた。



終わり☆




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 □月村さんよりいただいてきちゃいましたv
  3000hit&お誕生日フリーSSでしたのでvしかも2つ☆
  あぁ、遠距離でも桃リョはラブラブなんだなぁ。
  でも切ないんです・・・!!!!
  どんなに忙しくても桃城の誕生日にはふたりで祝うなんて
  なんて萌え設定・・・!
  素敵なお話をありがとうございました〜☆   










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