にちようび





あったかい……。

ゆらゆらと揺れる意識が、まるで波のように寄せては返す。
感じる体温、触れ合う感覚、響く鼓動が、遠くなったり、近くなったり。
サラサラと髪を梳く指先の温かさは、夢…?
でも、この優しいぬくもりは……いつでも俺のそばに……。

「……んぱい」

ふわふわしていた意識が、段々クリアになってくる。
無意識のままいつでも呟く名前を口にしたら、ぎゅうっと引き寄せられて。
浅い眠りの淵をウロウロしていた俺は、より強く感じた温かさにぐいっと目覚めの岸へと引き上げられた。

「……ん」

まだうまく開かない目に真っ先に飛び込んでくるのは、ものすごく優しい目で俺を見ている桃先輩。
少し霞む視界越しが嫌で、少しでも早くちゃんと桃先輩の顔が見たくてなんども瞬きをしていたら。

「猫みてぇ」
そう言って笑った桃先輩がちゅっと額にキスしてきた。

「おはよう、リョーマ」
「…ん。おはよ…」

答えた声はなんでかひどく嗄れていて、自分でもちょっとビックリした。
起き抜けのせいかな。
でも、それは違ったみたいだ。
桃先輩が苦笑しながら、「昨夜無理させすぎたか」って言ったから。

言われたセリフに、昨夜の自分たちがぶわ〜って蘇って。
なんだよ、桃先輩のせいじゃんか。
あんなことされた、こんなこともされたせいだと一つ一つ順を追って桃先輩の責任を追及しようとして。

俺はハッと気がついた。
考えれば考えるほど赤く染まる頬を持て余すから、こんなのは逆効果なんだってことに。

案の定、桃先輩は朝から顔を赤くした俺を見てニヤニヤしてて。
「昨夜のこと、思い出した?」
とか、恥ずかしいことを聞いてくる。

折角くっついてることだし、脛でも蹴ってやろうかと一瞬思ったけれど。
でもその笑いの中に、こっちが照れくさくなるくらい愛しそうな瞳があるから。

ちぇっ。
とりあえず桃先輩の責任追及は後回し。

まだ熱い頬をさらに赤くしながら、それでも俺はおはようのキスをねだった。
あんな額へのお子様キスじゃなくて。
ちゃんとした、夫婦のキスを。






「いま、何時?」
「ん? 9時…だな」
「ふーん。まだ早いじゃん」

俺の胸の上にのっかかりながら、まだちょっとトロ〜ンとした目で越前が俺を見る。
その少し潤んでる瞳は、昨夜の名残のせいなのか、それともまだ少し眠いせいなのか。
ふあ〜あ。
その大きな欠伸から考えると、たぶん眠いせいなんだろう。このお子ちゃまめ。

朝の光の中で見る越前は、あどけなくて。
とても昨夜、俺の腕の中であんなにも色っぽく啼いてたヤツと同一人物には見えない。
もっとも、普段からあんな色っぽさ振りまかれたら、俺は心配でおちおち会社にも行けないし、
こいつを大学にも出したくないだろうから、これで調度いいんだけどな。

「そろそろ起きるか?」
今日は日曜日だし、別に予定も入ってないから昼ぐらいまでぐだぐだしてても構わないけど。
「う〜ん……」

「俺、腹が減ってきた」
「あ、俺も」
ピクッと弾かれたように越前が顔を上げる。
その様子がこいつが実家にいる時に飼ってた愛猫のカルピンを思わせて。
こぼれる笑いを抑えることができない。

「なに?」
キッと俺を見上げてくる大きな瞳が、ますますあの気まぐれ猫とそっくりだ。
なだめるために、喉をゴロゴロやったら絶対怒るだろうな、こいつ。
かわりに、俺の大好きなサラサラの髪をそっと撫でて。

「い〜や。今朝はフレンチトーストでも作るか」
平日の朝はたいてい和食で俺が作るって決まってるけど、
最近ご近所の先輩主婦に料理を習ってる越前のために、
日曜日は一緒にキッチンに立つのがこのところの習慣だ。

「それって難しい?」
「ん〜、簡単だけどコツがいる」
「じゃ、作る」

負けず嫌いだけど天邪鬼な越前は、簡単すぎるとやる気が出ないと膨れるし、
難しすぎるとする気がないとそっぽを向く。
まったくもって、扱いが難しい奥さんだ。
もっとも俺は、越前のそんなところが好きなんだけどな。

そんなことを考えてたら、知らずにまた笑いが漏れていたらしい。
「なに考えてんの」
甘えたでワガママな俺の奥さんは、俺が一瞬たりとて余所見をすることを許さない。
俺の笑いから何を想像したのか、なんだかムッとした顔でぐいっと体ごと乗り出してきた。

「リョーマのこと」
正直に告げてその柔らかそうな頬をきゅっとつまんだら、熟れた苺みたいに赤く染まった。
やっぱり、可愛いよなぁ。

「ニヤニヤすんな」
恥ずかしさを誤魔化すためか、さっきよりもずっとムッとしたような顔をして、
でもやっぱり頬は染めたまま文句を言う越前が愛しくて。
越前におはようを言うたびに毎朝感じる幸せが、今日もじんわりと俺の心に沁みた。






「ふーん、こんなふうに作るんだ」
パットの中で食パンをひたしながら、俺はフライパンの火加減を見てる桃先輩に感心して視線をやった。

この人、本当になんでも作れるよなぁ。
和食・洋食に限らず、こういうちょっとした軽食みたいなものからデザートまで。
母親が仕事が忙しい人で妹や弟の面倒をずっと見てきたからだって本人は言うけれど、それでもやっぱりすごいと思う。

「そろそろいいか」
こんがりしたバターのいい匂いがしてきた。
「リョーマ、やってみるか」
フライパンを渡されて、ちょっとドキドキしながら卵と牛乳、生クリームにつかった食パンを入れてみる。

ジュウウウッ。

なんか火が弱いみたいだけど、大丈夫かな?
「俺、表面パリってしたほうが好き」
桃先輩に聞いてみながらそう言ったら、

「ちょっとだけど砂糖が入ってるからな。火を強くすると焦げるんだよ」
「ふーん」
「牛乳にコーンスターチ混ぜてあるから、これでも充分パリッとなるって」
「へぇ」

お隣の周助さんや英二先輩にもいろいろ教えてもらってるけど、やっぱり桃先輩が俺の一番の先生だ。

そう考えたらなんだかおかしくなった。
結婚前は家庭教師で、結婚してからは料理の先生で。
桃先輩は、いつだって俺にいろいろなことを教えてくれる。
もっとも前にこのことを本人に言った時、「他にもいろいろ教えただろー」とニヤニヤしながら言われたから、
それ以来絶対に言わないようにはしてるけど。

「ねぇ、桃先輩。こっちは?」
もうひとつのパットは、俺に教えながら桃先輩が作ってたフレンチ・トーストだ。一緒に焼くなって言われたからよけといたけど……。

「あぁ、そっちはオレンジジュースでつけてあんだよ」
「オレンジジュース?」
「ちょっとサッパリしてて美味いぜ。ウチの妹とか大好きだし」
楽しそうに言う桃先輩に、なんだかちょっとムッとした。

ふん。『ウチの』ね。
そりゃあ、桃先輩の妹のまゆちゃんは俺にとっても可愛い義妹だけど、
それでもやっぱりそんな優しい顔をする桃先輩は面白くない。
家族だし、妹だし。
こんなのくだらないヤキモチだってのは分かってるけどさ。

でも、桃先輩は俺のこんな気持ちをすぐに見抜いたみたいで。
「バカ、妹だろ」
苦笑しながら俺の頭をくしゃくしゃってした。

「別に俺は……」
「まぁ、ヤキモチは嬉しいけどなー」
言いながら軽くキスされて。

見抜かれたこと、キスされたことは恥ずかしかったけど、
俺のそんな些細な気持ちの変化に気がついてくれた桃先輩は嬉しかったから。
俺はそっと目を閉じて、桃先輩の唇を受け入れた。






少しだけこんがりし過ぎたフレンチ・トーストを前に、俺たちは顔を見合わせて笑った。
「ちょっと、焦げちゃったね」
越前が照れくさそうに言う。

あれから、なんだかやたら興がのってしまったキスは一度じゃ終わらなくて。
結局フライパンから少し焦げ臭い煙が上がるまで、二人して夢中になってしまった。

「いーんだよ。リョーマが作ったんだから、何でも美味いって」
さー、食うぞ。
フォークを手にした俺に、「元はといえば桃先輩のせいじゃん」とか言ってた越前もつられたように手を動かし始めた。

ぱくっ。
二人して同時に口に運んで。

「美味い!」
「……うん。美味しい」
ほとんどハモるみたいに声が重なったから、また俺たちは一緒に笑った。

「焦げてるけど、シナモンとメープルシロップが効いてるから、あんま気にならないっすね」
「これだけ美味けりゃ上等」
また作ってくれよな、と言ったら、ちょっとくすぐったそうな顔をしながらも越前がコクンと頷いた。

穏やかで、温かくて、甘くて優しい、ふんわりした味のフレンチ・トースト。
それはまるで、越前と過ごすこんな時間にも似ている。
これからも、ずっと、ずっと二人で味わいたい。
この甘さを。
こんな時間を。



「リョーマ、今日、お前の実家行くか?」
食べ終わってそんなことを言った俺に、越前は不思議そうに首を傾げた。

「……いいけど。なんか用事でもあったっけ?」
「久しぶりに、カルピンの顔が見たくなった。お袋さんと奈々子さんの料理が食いたくなった。親父さんと酒が飲みたくなった」
本当は、ベッドで思い出したカルピンそっくりの越前を見て、ふっと思いついただけだけど。

でも、あながち口から出任せでもない。
俺を幸せにしてくれるのが越前なら、その越前を育んでくれたのが家族だから。
たまには恩返ししなきゃ、恨まれるよな。
特に南次郎さんに。

「親父うんぬん以外は、俺も賛成」
素直じゃないことを言いながらも嬉しそうな越前に、じゃ、決まりなと約束してから、二人して片付けのために立ち上がりかけて。

けれど。

視線を合わせてもう一度腰を下ろした。
「コーヒー、もう一杯飲むか」
「俺、ジャスミンティー飲みたい」
「へいへい」
なんだかこの時間をすぐに終わらせるのはもったいないと、二人して思ったから。



愛と一緒に食べたご飯は美味しくて、二人の身も心もお腹いっぱいにした。
日曜日はまだ始まったばかりだから、のんびり話をしてから。
ゆっくりあったかいお茶を飲んでから。
それから出かけよう。
二人で。



終わり☆






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 □わわっ!!いただいちゃいました!!
  月村エリさまより444hitで「団地妻桃リョ、日曜日の甘い朝」!!
  ふたりっきりの日曜日はゆっくりと時間が流れるのですねv
  このあともまだまだ続きそうな甘い時間に、思わず顔がニヤけちゃいますねっ
  とっても素敵な甘甘SSありがとうございました!!










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