この心に、満ちる光は



「メリー・クリスマス」
「メリー・クリスマス。それから、誕生日おめでとう、リョーマ」
すっごく優しい顔で笑いながらそう言ってくれた桃先輩に、嬉しくて俺の胸がきゅっと甘く締め付けられる。
「ありがと」

カチン、とグラスを合わせてから、綺麗な琥珀色のシャンパンに口をつけた。
甘くて、でもすっきりとした味わいがすごく飲みやすい。
「美味しい」
思わずちょっと大きな声でそう言ったら、キャンドルの向こうにいる桃先輩が、「そうだな、美味い」と声を上げて笑った。

生のピアノ演奏だけが流れてるこの静かな空間では、俺たち二人の声がちょっと響いたのかもしれない。
他のお客さんたちが、興味深そうに俺たちを見るのが分かった。
あんまり声、出しちゃダメなのかな。
そう思って居心地悪く首を竦めたら、桃先輩がそんな俺を見てまた笑った。

「いいんだって、リョーマ。喋りたいだけ喋って笑えば。迷惑をかけるほどの大声じゃなければ、楽しく会話しながら食べるのがマナーだ」
桃先輩の言葉に、ちょうど前菜を持ってきていたウェイターがニッコリ笑って頷く。
「その通りです。どうぞ、あまり畏まらず、楽しいお時間をお過ごしください」
「な」
俺が、言ったとおりだろ。
そう言いながらわざとらしくピッと親指を立てた桃先輩に、ようやく俺はホッとして、肩の力を抜いた。

淡いオレンジ色の光と、ぼんやりとしたキャンドルの明かりだけに照らされたこのフランス・レストランは、
こじんまりとしているけれどとても格式が高そうで。
色とりどりの花に彩られた空間とか、置いてあるアンティークっぽい調度品とか、サービスマン達の立ち振る舞いとか。
ともかく、ひとつひとつが物凄く洗練されてて、こんな場所にあまり来たことのない俺でも、ここがかなりの高級店だってことは分かった。

その証拠に、今日はクリスマス・イブだっていうのに、ここには街中を賑わす小さな子供を連れたファミリーや、若い恋人同士の姿がほとんどない。
いるのは大人のカップルや、すでに髪に白いものが混ざり始めた両親とその子供たち、といったような家族連れだけだ。
たぶん、そんなにはたくさんいないこのお客さんたちの中で、俺たちが一番若い。
なんだか、場違いなほどに。

だから、店内に一歩足を踏み入れた瞬間から、俺は柄にもなく緊張して、肩に力が入りっぱなしだった。
今日のクリスマス・デートに「お洒落してこいよ」って桃先輩に言われてたから、
レストランとか行くのかなぁって思ってはいたけれど、まさかこんな立派なお店だとは思わなかったから。
それでも、堂々と振る舞う桃先輩に段々俺の緊張も解けてきて、サラダに手を付け始める頃にはお喋りを楽しむ余裕も出来た。

「このトマト、甘い」
「あぁ、フルーツトマトな」
「……俺、初めて食べた」
美味しい。普通のトマト特有の喉をさす酸味も美味しいけど、これは本当に野菜の甘さを凝縮させたみたいな味がする。

「気に入ったか?」
「うん」
「じゃあ、今度作ってやるよ」
何気なくそう言った桃先輩をビックリして見た。
「作れるの!?」
「これと一緒は無理だぜ」
プロの味だからな。
苦笑しながらも、桃先輩が頷く。

「でも、フルーツトマトなら今じゃスーパーにも売ってるし、サラダもだけど、マリネとかカルパッチョとかくらいならな」
なんでもないことのように言うけど、それって結構すごい。
桃先輩って、ホント料理上手だよなぁ。
感心しながら見ていたら、
「穴が開く」
と笑われた。
「え? 何が?」
「今日の俺、そんなに見とれるほどいい男か?」

悪戯っぽく言いながらニヤリと唇をゆがませる桃先輩に、「ばか」と返しながらも、俺はパッと下を向いた。
直球で図星を突かれたことが、恥ずかしくて。
誤魔化したいけど、かあーっと耳まで赤くなってるだろうから、桃先輩の言った通りだってことはバレバレだろう。

だって、今日の桃先輩は初めて見るスーツ姿で。
最初に会った時からドキドキしていた。

迎えに来た桃先輩を見て、母さんや奈々子さんがきゃあきゃあいってはしゃいでる影で、
実をいうと俺は想像もしてなかったスーツ姿に、ぽけーっと見とれてしまった。
おまけに、そんな格好で堂々と俺をエスコートしてくれて。
こんな高級なお店でも慣れた様子でワインを飲んだりして、リラックスしてる。
そんな、いつもと全然違う桃先輩に、俺はさっきからずっとドギマギしっぱなしだ。

でも、どうしても正面から見るのは恥ずかしくて、なるべく桃先輩には分からないようにチラチラ見てたつもりだったのに。
桃先輩は知ってたみたいだ。
もう、だったらもっと早く言ってよ。
どうせ、俺がドキドキしてるの見て楽しんでたんでしょ。

そう思ってちょっとキツイ目で桃先輩を見上げたら。
珍しくさっと頬を赤らめた桃先輩が、慌てたように窓の方へと視線を逃がした。
あれ?
そんな桃先輩が不思議で、思わずじっと見つめたら。

ふう、と大きく息をついた桃先輩が、
「だから、あんまり見るなって」
言いにくそうにポツリと呟いた。
「今日のリョーマは、いつもの十倍くらい綺麗だからドキドキすんだろ」
「え?」
思いもかけない言葉を聞いて驚いた俺を、桃先輩はなにか眩しいものでも見るみたいな目で見た。
「……くそ。白状させんな。照れくせーだろうが」

いつもいつも、恥ずかしいことばっかり言ったりしたりしてるのはどっちだって、言ってやりたかったけど。
余裕なフリをしてても、実は俺と同じくらい、桃先輩も俺にドキドキしてくれてたって事が恥ずかしくて。
でも、嬉しくて、幸せで。
俺は真っ赤になってるだろう頬の熱さがおさまるまで、しばらく顔が上げられなかった。







「桃先輩って、よくこういう場所くるの?」
メインを食べてる時、ずっと気になってた事を聞いてみた。
だって、慣れてないせいでやっぱりちょっとぎこちない俺と違って、桃先輩は上手に綺麗にナイフとフォークを操ってる。
それが、桃先輩がどれだけこういう場所に慣れているのかを物語ってるみたいで。
「う〜ん、昔何度かな」
「……ふーん」

それって、俺と出会う前に付き合ってた人と来たってことだよね。
俺が最初に桃先輩に会ったのは3年前で、その時、実は桃先輩に彼女がいたことを俺は知ってる。
俺はなにもかも全部桃先輩が初めてだけど、桃先輩はそうじゃない。
もちろん、そんな過去のことを考えたってしょうがないんだけど。
でも、やっぱり気になる……。

その人とも、こんなふうにドレスアップしてデートしたんだ……。
さっき俺に言ってくれたみたいに、その人にもドキドキしたの?
そんなことを考えたら、物凄く美味しかったはずのステーキも、なんだか味気なく感じた。

でも、
「お袋がさ、好きなんだよな、この店」
「え?」
……お母さん?
意外な桃先輩の言葉に、俺は目を見開いた。

「ウチのお袋、あんな性格だろ? 将来の自分とのデートのためにって、食事のマナーとか徹底的に叩き込まれたんだよ、ここで」
まだ2回しか会ってないけど、桃先輩のお母さんはものすごく面白い性格の人で。

最初に会った時、
『ウチの息子は私の最高傑作だから、いい男でしょ』
と大笑いしながら俺の肩を抱いた。
なんでも、将来自分が連れて歩きたくなる男にするために、勉強なんか二の次で、ありとあらゆる事を仕込んだらしい。
そういえば、桃先輩のお母さんの一番の楽しみは、どれだけ桃先輩を自分に尽くさせるかだって言ってたっけ。

「へぇ、お母さんと、来てたんだ?」
「他に誰と来るんだよ、こんな高い店」
とても俺のバイト代じゃ払えねーよ。
桃先輩の答えに、そうなんだ、とホッとした。
現金なもので、さっき味気なく感じたのお肉の味も、また美味しさが戻ってきた気がする。

でも、納得したら、今度は今度は別の心配が湧き上がってきた。
「桃先輩、そんなに高いの、ここ」
そりゃ、見てれば何となく分かるけど。
「お金、大丈夫?」
小声で尋ねたら、桃先輩は「心配するな」と苦笑いした。
「今日は、特別。クリスマスだし、なによりリョーマの誕生日だからな」
「でも」
「いいから。……ここに決めたのは俺の方なんだから、リョーマはそんな心配するなって」
余裕の表情で頷く桃先輩に、俺もそれ以上追及するのをやめた。
そうだね。
折角だもん、楽しまないと。







メインを食べ終えて、最後にデザート。
デザートのケーキは、他のお客さんのブッシュ・ド・ノエルと違って、俺たちのテーブルだけ真っ白な可愛いホールケーキが出てきた。

ケーキの上には、
『Happy Birthday リョーマ』

ビックリする俺に、運んできたウェイターが静かな声で「当店からのサービスです」と小さなブーケをくれて。
「……桃先輩」
「今日は、俺にとっては大昔の神様の誕生日前日じゃなくて、越前リョーマの誕生日だからな」
言いながら、すっと手を伸ばして俺の頬をそっと撫でた。

たぶん、特注でケーキを頼んでくれたんだろう。
桃先輩の俺を思う気持ちがただ嬉しくて、でもちょっと照れくさくて。
ありがとう、の気持ちを込めて桃先輩を見たら、どういたしましてとでもいいたげに、桃先輩の唇がほころんだ。







お店を出た時には、すでに空は真っ暗だった。
でも、だからこそ、ネオンやイルミネーションが一際鮮やかに見えた。
たくさんの人が行き交う賑やかな街並み。
すれ違う人たちがみんな幸せそうに見えるのは、俺が幸せだからかな。

「寒いか?」
はあ、っと白い息を吐きながら、桃先輩が俺の肩に手を回す。
12月の冷えた空気は確かに冷たいけれど、桃先輩とくっついてるから、全然寒くなんてない。
でも。
もっともっと桃先輩とくっつきたくて、わざとぎゅうっと側に寄ったら、「歩きにくいだろー」と言いながらも、
さっきより強く肩に手を回してくれた。

あったかい……。
人より少し体温の高い桃先輩の側は、いつだって温かい。
でも、こうしてくっついていると、体だけじゃなく、心がじんわり温かくなる。
俺をこんな気持ちにさせるのは、桃先輩だけ。
この腕の中が、俺の一番幸せな場所。

「そうやってると、まるでお嫁さんみたいだよな」
そんなことを思いながら、さっきのお店で貰ったブーケを見ていた俺に、桃先輩が小さく笑った。
「え?」
「白のコートで、ブーケ持って、幸せそうに笑ってて。お嫁さんみたいだって言ったんだよ」

……お嫁さん。

それは、今の俺が一番なりたくて、でもこの隣にいる恋人がなかなかならせてくれないものだ。
ちぇっ。
俺の気持ちは知ってるくせに、からかうためにそんなこと言うなんて、桃先輩って本当に意地悪だ。
だから、意趣返しのつもりで、どうせダメだって言われるのは分かってたけど、いつものプロポーズをしてやれって思ったら。

「なるか?」
「は?」
俺の出鼻を挫くみたいに桃先輩に聞かれて、俺はキョトンと桃先輩を見上げた。
なるって、なにに……?

「だから、本当に俺のお嫁さんに」
「え……?」
「結婚しよう」
「……………………え?」

バサッ。

俺の手から、ブーケが落ちた。
でも、そんなこと、どうだっていい。

いま、いま、俺、桃先輩に何て言われたの………?
パチパチと瞬きをして桃先輩を見たら、物凄く真剣な顔がそこにあって。

「………もういっかい」
言って、と頼んだ言葉が、ちゃんと声に出てるのかどうかも分からなかった。
だって、唇が、震えて。

「結婚しよう」
「………………もう、…いっかい…」

俺、夢、見てるの?
それとも、耳がおかしくなったのかな?

だって、その言葉を言うのはいつだって俺の方で。
桃先輩が言ってくれるなんて、信じられない。
信じられないよ。

「………………もういっかい…言って。………もう…いっかい…」
「俺と、結婚してくれ、リョーマ」
何度でも同じ言葉をせがむ俺に、桃先輩は何回だって真剣な顔で応えてくれて。

「……ほんと?」
それでも信じられなくて確かめてしまう俺をそおっと抱きしめて、桃先輩は頷いた。
「ずっと、待たせててごめんな。でも、決めてたよ。おまえが高校卒業したら、その後の全てを俺がもらおうって」

すべて……?
これから先の、俺のなにもかもが、桃先輩のもの……?
信じられなくて、でも嬉しくて、この湧き上がる喜びを、どうしたらいいのかが分からない。

戸惑った気持ちで桃先輩の胸に擦り寄ったら、すっと伸びてきた手が、力強く俺の手を握り締めた。
きゅっと握られた手が、いつもよりずっと熱くて。
でも。

…………桃先輩、震えてる…?

そう気がついた時、俺の心の一番奥が、まるで灯りがともったかのように、温かいもので満たされた。
「もも、せんぱい」

今、分かった。

この一言を俺に告げるために、いったいどれだけの月日を待っててくれたの?
どれだけたくさんの思いを飲み込んで、側にいてくれたの?

好きだから、ずっと一緒にいたい。
そんな情熱だけに目をくらませて、簡単に『結婚』って二文字を言葉に出すお子様だった俺のために。
桃先輩、ずっと待っててくれたんだ……。

そう気づいたら、もう止まらなかった。
「………っく、う」
涙が、溢れて。

ごめんね。

ありがとう。

嬉しい。

大好き。

もう何を言っていいのかが分からない。
いろんな思いが俺の中をグルグル渦巻いて。

でも、優しく桃先輩に涙を拭われて、キスされた時には、俺の心にあった思いはひとつだけ。

桃先輩、大好き。
ずっと、ずっと傍にいて。

胸が、きりきりするほどに、溢れて止まらないこの幸せな思いを、どうやって伝えたらいいんだろう。
与えてくれるのはあなただと、どんな言葉にしたら。

でも、どんな言葉も見つけられなくて、結局なにも言えない。

幸せを形にしたなら、俺にとって、それは桃先輩の存在そのものだ。
こんなにも大事にされて、愛されて。
桃先輩と一緒にいるだけで、俺の心には光が満ちる。

俺にも、出来るかな。
俺と同じように、桃先輩を幸せにすることが。

なりたい。
そんな存在に。

温かくて、優しくて、強くて、そして、かけがえのない存在に。

そんなことを思いながらも、でもやっぱりただ泣いてしがみつくばかりの俺に、
「18歳の誕生日、おめでとう。俺と、結婚してくれるよな」
静かに落とされた桃先輩の声。
「……はい」
頷いた俺をもう一度きつく抱きしめて、とても幸せそうに笑う桃先輩に、また、涙がちょっとだけこぼれた。


12月24日。
今日は、世界中の人が、愛する人と一緒にいる幸せに感謝する日。

生まれてから、一番、俺が幸になった日。
そうして、俺がこれからもっともっと、幸せになる最初の日。


ありがとう。
感謝します。
なにに?


あなたが隣にいるという、世界中で一番幸せな奇跡に。
あなたと出会えるこの時代に、生まれてこれた幸運に。

心から、感謝を。



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 □続けて、月村さまからいただきました、
  プロポーズSSでございます!!
  や、や・・やばいです!!!興奮しすぎて鼻血が・・・!
  やっとプロポーズしてくれて、きっとリョマさんも
  泣くくらい嬉しかったんですよね!!!
  ぜひ、結婚式に呼んでください・・っっ!!!
  心のそこから拍手したい気分です!!!
  素敵SSありがとうございました!











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